令和6年7月30日の社会保障審議会年金部会のテーマは年金制度の改正案でした。
なかでも『遺族厚生年金』について大幅な改正が検討されていることが話題になっています。
遺族年金、Twitter(X)で騒がれとるね…
そうですね…気になるのは、部分的な情報しか伝わっていなさそうな発言や勘違いからくる発言もあることでしょうか…
そこでまずは、どういった改正案なのかの全容をお伝えするため、年金部会の資料の解説をしていきます!
今回は、あえて私見は盛り込まずにポイントまとめに集中しますね!
資料はこちらです。厚生労働省のWebに掲載されており、どなたでも閲覧できます。
話の前提として、この資料の内容はまだ決定事項ではありません!これから議論をつめていく上でのたたき台のようなものと捉えてください。
今回はボリュームがけっこうあります。時間が無い人はページ終盤の『まとめ』にジャンプしていただければ全体像がざっと把握できますよ。
遺族厚生年金の見直し
見直しされる年金
そもそも見直しされるのはどの年金なん?
大きく見直しされるのは『遺族厚生年金』のほうですね。
じつは遺族基礎年金にも少し改正案があるのですが、それはあとで紹介します。
どうして遺族厚生年金の方が大きく見直しされるん?
今回は、『子どものいない配偶者』についての見直しが中心だからです。
遺族基礎年金(国民年金の遺族年金)は、配偶者が受給するには『子どもがいる』ことが要件となりますが、遺族厚生年金は『子どもがいない』場合でも受給できます。
見直しの意義
見直し案をさくっと知るにはどこを読んだらええん?
資料の3ページ。
それと6~9ページですね。
大事なことは2ページ目に集約されていますが、そこは文字ばかりなので💦
じゃあ、まずは3ページから見るけん
右上に書かれている“性別による固定的役割分担を前提としない設計”にするのが見直しの根幹ですね。
もうちょいかみくだいて言うと…?
遺族厚生年金は『男が仕事・女が家庭』という家族像に合わせた設計になっていました。それを現代に見合う設計にするのが目的です。
従来は、夫を亡くした妻は収入が途絶えるからサポートが必要という考え。
そうでしたね。でも、現在の家族像はイメージがちがいますよね。
共働き世帯が中心になっているから、夫が亡くなった場合でも妻が亡くなった場合でも経済的ダメージがある…
ですね。残された妻や夫が働いて稼ぐとしても、やはり生活が大きく変わってしまうから、サポートが必要ということですね。
たしかに!
遺族厚生年金の制度ができた昭和の時代から、日本人のライフスタイルは大きく変容しています。しかし、遺族厚生年金は昭和の固定的な家族像をベースに作られた制度がそのままになっていました。そこで、制度を現代に見合うものにするのが見直しの意義です。
生活が変わると言えば、もともと遺族厚生年金で生活している方はどうなるん?見直しによって生活を変えられてしまうん?
すでに遺族厚生年金を受給している方については、現行の制度のまま変わりません。
なるほど!
改正された法律の施行日よりも前に発生している遺族厚生年金については、現行の制度が維持されます。
では、見直しの内容を見ていきましょう!
見直しの方向性(有期給付の拡大)
3ページの中段が見直しのイメージやね。
従来は、夫を亡くした妻はその時点で30歳未満だと5年間の有期給付、30歳以上だと無期給付(終身)でした。
その、30歳未満という年齢を変えていくと。
そうですね。いきなり変えるのではなくて、現在は30歳未満となっている有期給付の対象年齢を時間をかけて拡大していく案になっていますね。
拡大というのは年齢を引き上げていくことよね。どこまで引き上がるん?
最終的には、死別時点で60歳未満の方が有期給付の対象となります。
妻の有期給付の対象年齢は、法律の施行から20年をかけて段階的に引き上げていくことが検討されています。(資料のP11)
共働き世帯が多くなっているといっても、すべての世帯がそうではないけんね。
そうですよね。あと、男女で就労環境の格差もありますよね。
働いているからといって同じ条件ではないけんね。
それと、現行の制度を基にしてライフプランを考えている世帯への配慮も必要です。
制度はゆっくり年月をかけて変えていかんといけんよね。
また、夫が遺族厚生年金を受給するには年齢の要件がありましたが、これが撤廃されます。
見直しの方向性(男女差の解消)
男女差解消については、3ページに加えて6ページにも載っとるけん。
今まで、55歳未満の夫は遺族厚生年金がもらえんかった…!?
そうです。受給できませんでした…
共働きの妻が亡くなっても、遺族厚生年金は全くもらえんかったん?
妻が死亡したときに夫が55歳以上であれば受給する権利は発生するのですが、それも支給されるのは60歳までおあずけでした。
じゃあ、夫が55歳より若かったら無し?
無しです。
でもでも、例えばバリキャリ妻を支えていた主夫ならさすがにもらえたんやろ?そういう夫婦もあるんやから。
それでもダメでした…子どもがいる場合はちがってきますが、子どもがいない夫に遺族年金は支給されませんでした。
これは厳しい…
そもそも遺族基礎年金も、父子家庭には支給されなかった過去があります。これが改正されたのが平成26年。
わりと最近!
そうなんです。それから10年越しに、ようやく夫への遺族厚生年金も改善の兆しが見えてきました。
なるほど…
さっき、子どもがいるかどうかの話がでたけど、子どもがいる場合の遺族年金は変わらんのよね?
では、ここで現行通りのケースを見ていきましょう。
現行通りのケース
3ページの下段やね。
年金の法律で「子」とは18歳になった年度の3月31日までにある方(ざっくり言って高校卒業前の子ども)、または20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の状態にある方をさします。
子を養育する間の遺族厚生年金は、世帯として見れば現行通りです。
世帯として?
遺族厚生年金は5年の有期給付になりますが、子が18歳になった年の年度末に達するよりも先に有期給付が終了した場合、配偶者に代わって子が遺族厚生年金を受給すると書かれています。
その状態だと、遺族基礎年金は親が、遺族厚生年金は子が受給するということ?
そうです。この場合は、遺族基礎も遺族厚生も子が18歳になった年の年度末に達すると終了することになります。
年金の法律の上での子がいなくなるからやね?
そうです。子どもがいる夫婦でも、時間の経過に伴っていずれは子のいない夫婦になります。
じゃあ、例えば子が16歳のときに配偶者が亡くなった場合は?18歳の年度末までに5年ないけど、どうなるん?
それは資料に書かれていないんですよ。まだ検討中なのでしょうね。
そもそも改正案やけんね…資料の内容自体、まだ決まったことやないけんね。
あと、高齢期も現行通りとあるけど、これは何歳から?
60歳以降に夫や妻を亡くされた場合ですね。
ということは夫や妻を亡くしたときに遺族が59歳か60歳かで、有期か無期かの分かれ目になるということ?
そうですね。どこかの年齢で区切る以上はそうなりますね。
現在でも、遺族が妻なら29歳と30歳、夫なら54歳と55歳で扱いが大きく違います。
たしかに…でも、それだと59歳で夫を亡くした妻がえらく不利になるんやない?
必ずしもそうとは言えないです。
どういうこと?
有期給付化にあたって、複数の配慮措置が検討されているからです。
有期化の拡大に伴う配慮措置
7ページやけん
死亡時分割
分割?これは何?
遺族厚生年金が有期化すると、現役期は働いて生活したとしても老後の不安が残ります。
妻は自分自身の年金が少なくなりがちだから…
一般的にはそうですね。
あと、共働きで妻の方が多く稼いでいる世帯や専業主夫がいる世帯の夫にも同じことが言えます。
そもそもの話が性別による固定的役割分担を前提にしないことやけんね。
死亡時分割は、死亡した夫や妻の厚生年金の記録を残された配偶者の年金記録に上乗せするしくみです。
そうすることで老後の自分自身の年金が増額されると。
そうです。今でも離婚分割という仕組みがあるので、それを参考にするようです。
これだと何がいいの?
じつは現行では、遺族が働いても老後の年金額が増えないケースがよくあったんです。
どうして?
65歳以降は遺族厚生年金から老齢厚生年金が差し引きされる仕組みになっているからです。
自分の年金を増やすほど遺族年金が減らされるということ?
ざっくり言ってそういうことです。
一人身で生活をしていくために働いて、そして厚生年金保険料を納めたのに…
おかしいですよね💦
死亡時分割によってそれが改善されます!
この仕組みええやん!
老後のことを考えると良い仕組みですね。
ネットでは遺族年金がなくなるから自分の親を扶養しなければならないとか騒がれていたけど…
それは断片的な情報からの発言というか…
60歳以上で死別した場合の遺族年金は現行通りやし、59歳以下の場合も死亡時分割で自分の老齢年金を増額できるけんね。
その通り!
死亡時分割が必ずしもいいわけではなくて、有利になる場合とそうでない場合があります。また別の機会にここだけじっくり話したいですね!
収入要件の廃止
遺族年金をもらうために収入が関係あったん?
現行では請求する人の年収が850万円未満であることが要件です。
それだと、会社員でも50代半ばとかで年功序列の賃金がピークだと引っかかるかも。
ありえますね。若くて高給取りの方もいらっしゃいますし。
そういう場合は、そのときもらえなくても、いざ収入が減ったときに改めて請求すればいいのかな?
収入は配偶者の死亡時点で判断されるからダメなんです…
えっ!厳しい…
おおむね5年以内に収入が下がることが予め決まっていて、それを証明できる書類があれば認められることもあります。
定年退職や役職定年が記されている就業規則などですね。
そうまでしないと遺族年金がもらえんかったんやね。
高収入といえば、身内で会社経営している場合もあるよね。
そういうご夫婦の片方が亡くなると、生活が激変する可能性がありますよね!
それを少しでもカバーするために、収入の制限を無くすということやね。
その通り!高収入の世帯だから遺族年金はなくてもいいでしょという考え方を改めるわけですね。
有期給付加算
加算というと年金が増える仕組み?
そうです。配偶者の死亡直後の生活再建を支援するためです。
いくら増えるん?
現行の遺族厚生年金の額の1.33倍になります。
現行の遺族厚生年金の金額は、亡くなった被保険者の厚年加入記録に基づいて算出された老齢厚生年金(報酬比例部分)の4分の3に相当する額ですが、これを報酬比例部分の額と同額(4分の4の額)になるように加算を行います。
すごく増えるというわけでもない感じやけど、増える方がありがたいよね。
妻のみの制度の段階的廃止
8ぺージに進むけん
カフなんとか年金
中高齢寡婦加算と寡婦年金ですね。
字面が堅くてややこしそう…
婦人の婦とついているだけに、対象は妻のみ。
妻限定の制度なんやね。
ざっくり言うと、中高齢寡婦加算は妻の遺族厚生年金を期間限定で増額する仕組み。
寡婦年金は国民年金をある程度納めていた夫を亡くした妻が期間限定で受給できる年金です。
これらも段階的に廃止と…
中高齢寡婦加算は加算額が高いので、十分な経過措置をとっていきます。
遺族基礎年金の見直し
9ページ
今回はここが最後やけん
ここだけは遺族基礎年金の見直し案。
しかも、子が受給する場合です。
子に対する遺族基礎年金は、父や母と生計を同じくしていると受給できませんでした。
それはどんな状況?
両親の離婚後に母と子が一緒に暮らしていて、別れた父が死亡した場合が代表例です。
その場合はどうなるの?
母は死亡した者の妻ではないので、遺族基礎年金を受給できません。
子は父が養育費を払っていたなどの生計関係があれば受給権は発生しますが、母と生計を同じくしているという理由で支給停止されていました。
え!でも父親が死亡してるから養育費も貰えなくなるよね?
そうですね。それでも母親と生計を同じくしていたら遺族基礎年金は受給できませんでした。
両親の離婚なんて、子どもの問題じゃないのにそれは理不尽。
ですよね。その不具合が改正される方向です。
この不具合は、親が離婚後に死亡した場合だけ?
他にも、親が再婚した場合や子が祖父母の養子になった場合、親の収入が高い場合などがあります。
子どもは自分で境遇を選べないんだから、支給を止めるのは早くやめてほしい!
子が受給する遺族基礎年金について、生計を同じくする父または母がいることによる支給停止規定の見直しをします。
まとめ
全体をざっとまとめますね!
見直しの根幹は『性別による固定的役割分担を前提としない設計』に変えること
大きく見直しされるのは『遺族厚生年金』
見直しの方向性は『有期給付の拡大』と『男女差の解消』
【見直し案】
- 妻
従来より30歳未満の子のない妻については、5年間の有期給付だった。
この有期給付の対象年齢を時間をかけて段階的に60歳未満まで引き上げていく。 - 夫
夫は妻死亡時に55歳以上でなければ対象にならず、支給は原則的に60歳以降だった。
この年齢制限をなくし、妻と同じく60歳未満は5年間の有期給付とする。
【現行通りのケース】
- 法律の施行日前に遺族厚生年金の権利が発生している場合
- 60歳以降に死別した場合
- 養育する子どもがいる場合
【配慮措置案】
- 死亡時分割
- 収入要件撤廃
- 有期給付加算
【妻のみの制度の段階的廃止案】
- 中高齢寡婦加算
段階的に加算額を減らしていく。
新規発生する年度に応じた加算額とし、受け取り始めた時点の加算額は受け取り終了まで変わらない。 - 寡婦年金
受給権が発生する年齢を段階的に引き上げていく。
【遺族基礎年金の見直し案】
子が受給する遺族基礎年金について、生計を同じくする父または母がいても支給停止されないようにする。
ボリュームが多い記事でしたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
冒頭でもお伝えした通り、今回は私の個人的な意見は極力挟まずに資料のポイントまとめに徹しました。
その理由ですが、私は社労士として遺族年金のお手続きの代行をしたことがあります。ご遺族の顔を思い浮かべると、遺族年金がより長く受給できるものであればいいのにと考えがちで、偏った伝え方になりかねないからです。
フラットにお伝えするため、あえて私見は入れませんでした。
また別の機会に、もっと掘り下げて話をしたいです。
今回の見直しは、年金財政が危ないから制度を改悪…というものではありません。
「今の時代に、まったく新しい遺族年金の制度を構築するとしたら…」という発想で考えると見直し案の印象が変わるかもしれません。
ではこのへんで
【年金制度を深く学ぶためのおすすめ本】
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